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第二次世界大戦中の東欧の軍隊、兵器を語るスレ

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/06/26 21:44 ID:8kpgIULk
ドイツ最大の盟友だったハンガリー、ルーマニアを中心に大戦中の
東欧の軍隊や兵器を語りましょう。
ポーランドやブルガリアなどもOKです。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/06/26 21:45 ID:A+c5eFHl
<`∀´>ニダ

3 :名無し三等兵:02/06/26 21:45 ID:???
2ゲッターイクナイ(・A・)

ハンガリー軍の本を買ったがロシア語で読めない

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/06/26 21:57 ID:???
ハンガリーはトゥラーンとか、ズリーニィとか結構好きなんだが。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/06/26 22:00 ID:???
「スターリソの外人部隊」つう本買いますた。


6 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/06/27 00:14 ID:???
そう言えば、去年の夏くらいに「ポーランドは強かったか」というスレが
ありましたね。

ハンガリー、ブルガリア、ルーマニアの末期の戦闘機はBf-109だけど、
ポーランドのP.Z.L.24とかそれから派生したルーマニアのI.A.R.81、ハンガ
リーのRe-2000と言うのもなかなか味があって良い。
ポーランドの低翼単葉戦闘機は結局モノにならなかったけど、P.Z.L.50が
Re-2000みたいな機体だったな。

あと、ハンガリーの爆撃機、He-270とかJu-86、それにイタリア製のCa-135
と言うのもいかにも小国らしくて萌え。

ルーマニアは独伊と英仏のせめぎ合い。
ブレニム有り、S.M.79有り、He-111有り、Br.693…。

あと、それぞれ国産機も独特ですね。

7 :名無し三等兵:02/06/27 00:33 ID:???
ニムロード対空戦車モエ

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/06/27 00:50 ID:IM06MbHD
ゲームネタですまそだが、大戦略でイタリアよりルーマニアの方が強かった。。。

9 :名無し三等兵:02/06/27 01:10 ID:???
>>8
流石イタリア(w

10 :名無し三等兵:02/06/27 18:50 ID:lERABqZE
駆逐艦を強いとか弱いとか、書くと笑われるかもしれ無いけど、
ポーランド海軍が戦間期に保有したグロム級はあの手のマイナー海軍の
持った艦としては破格なくらい高性能な艦だったと思う。

イギリス製なんだけど速力は39ノットを誇る(その代わり、航続距離は3573浬)
装備はころころ変わったみたいだけど船体がトライバル級より大きいので
装備はいつも充実していた。

2隻建造されるんだけど、2隻ともポーランド降伏後イギリスに逃亡、
その後ネームシップのグロムはあっさり沈むんだけど、
同型艦のブリスカヴィッツアは終戦まで生き延びその間に、
ZH1、Z32及びドイツの哨戒艇を撃沈。
1976年に退役するんだけど、退役後はミュージアムシップに・・・。

11 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/06/27 23:27 ID:???
>10
ポーランドは後、フランスはCNF製のWicher級を保有してましたね。
潜水艦もフランス製のWilk級3隻、オランダ製のOrzel級2隻と結構
バランスが取れた海軍力を有していましたな。

Orzel級のSepは1977年まで生き残りましたね。
発展型がフランスに発注されたけど、フランス崩壊で破壊されたし。


12 :名無し三等兵:02/06/28 00:53 ID:???
>11
ポーランド海軍って今にして思うと、歴史とか浅いわりにはよく活動しましたよね。
開戦直前に駆逐艦三隻を、バルト海で戦わせるためイギリスに送り出したり。
個艦に限ってみても、駆逐艦Orzelとか潜水艦Wilkとかよくイギリスに脱出しましたね。

13 :13:02/06/28 00:57 ID:???
ごめんなさいOrzelは潜水艦ですね

14 :名無し三等兵:02/06/28 20:39 ID:ZUYtGftM
すいません。自由ポーランド軍に関して質問があるのですが。
http://www.st.rim.or.jp/~kishimot/french.html
このサイトにフランス戦艦パリが亡命ポーランド海軍に宿泊艦として使われたとありますが。
宿泊艦とはどのような物なのかイマイチわかりません。
(戦闘とかは無さそうですけど)具体的にどのように使われたのか、
この場合の所属は(自由)フランス海軍か(自由)ポーランド海軍かそれとも、拿捕したイギリス軍なのか知りたいのですが。


それと光栄から出ている艦船名鑑にイギリスから巡洋艦を貸与されたというような記述があるのですが、
具体的にどのクラスのどの艦が貸与されたのか興味があるのですが。
どなたか教えて下さいませんか?

15 :名無し三等兵:02/06/28 20:45 ID:nwmHzPaJ
ポーランドって地理的に不利だっただけで、
当時としては結構軍事大国だったようだ

16 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/06/28 21:59 ID:???
>14
宿泊艦は、文字通り水兵のためのホテルとして使われた物もあるけど、確か
水兵の養成のために、港に停泊してシーマンシップの基本を教えるための艦
と言うのもあったと思う。
これは兵学校で教育を受けて、即実戦艦艇に配属する訳ではなくて、港に繋
留されている状態の旧型艦で、まずはホースの使い方とか、缶の調整などの
基本を学び、それから実戦部隊に配属する為の過程を練習する艦でもある。

ポーランドの場合、海軍の兵や海員はそのままパリを根城にドイツとの戦いを
行ったのだろうが、亡命してきた民間人の志願者がまず教育を受けた所でも
あったのではないだろうか。

で、後段の質問ですが、1943.1.15にD級の軽巡洋艦"Dragon"が引き渡されて
います。
これは、1944.8.7にNormandyでNeger人間魚雷の攻撃を受け、大破、橋頭堡付
近で座礁してしまいました。
これの代わりに、1944.10.4に同じくD級の"Danae"が引き渡され、"Conrad"となり
ました。
こいつは、1946.9.28に英国に返却されるまで、ポーランド海軍に在籍しています。

蛇足ですが、後亡命ポーランド海軍に貸与されたのは、G級の駆逐艦"Garland"、
旧フランスから英国が接収した駆逐艦"Ouragan"…こいつは41年に自由フランスに
引き渡されていますね。
それから、N級の"Piorun"、M級の"Myrmidon"(Orkan)…後者は43年に大西洋で
撃沈されました。
あとはHuntII級が3隻あります。

更に旧米艦のS25潜水艦が英国経由で"Jastzab"となり、U級の潜水艦二隻が、
引き渡されています。

結構、亡命海軍の人的資源は豊富だったと言うべきでしょうか。

>15
何しろ、中世にはロシアを膝下に置いていた国ですからね。
1920年にソ連と戦争して勝ってますし。

17 :名無し三等兵:02/06/29 00:19 ID:???
ポーランド空軍は9月17日、ソ連のポーランド侵攻を受けて、
政府と一緒に全稼動機をルーマニアに脱出させているけど、
これもあきらめた訳では無く戦い続ける為の方策と云う事か。

18 :名無し三等兵:02/06/29 05:07 ID:e/HOu3EN
ポーランドは当時世界第2位の装甲列車保有国だったらしい。
ちなみに第1位はソ連。

第二次世界大戦初期の紙のようなドイツ戦車を結構破壊している。

19 :名無し三等兵:02/06/29 05:48 ID:HSSYBQaE
ウヨHPで泰政会とかいうの  bbsで荒らしたやつに爆弾攻撃といってオソロ氏

20 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/06/29 15:12 ID:???
>17
ま、その後、フランス、英国で亡命空軍と亡命海軍が戦ってますね。
ただ、戦後はゴタゴタあったみたいですが。

>18
それは初耳です。
ただ、コーエーの電撃戦の本(何時になったらその2が出るんだ?)には、
シュコダの装甲列車が掲載されていますね。

>19
誤爆?

21 :名無し三等兵:02/06/29 16:09 ID:???
ギリシャ海軍の艦船がインドで修理しているのに、ちょっとビックリ。
よく考えてみれば、スエズ運河を使えばそんなに距離はないのか。

22 :名無し三等兵:02/06/29 21:53 ID:eX+dB/KV
東欧で海軍を持っていたのは、ポーランド、ルーマニア
あとギリシャ、ユーゴスラビア(ここら辺も東欧だよね)ぐらい?
ポーランドは実力はともかく海軍はこじんまりしていますね。
この中ではギリシャ海軍が大きめ?
でも仮想的のトルコ海軍相手だとつらそう。

23 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/06/30 00:09 ID:???
>22
う〜ん、ギリシャは東欧には入らないと思うけど。
それなら、バルト三国も含むんじゃないかな。
ま、いいや。

エストニアは、旧ロシア帝国の駆逐艦を引き継いで使ってましたが、これを
1933年にPeruに売却されていますね。
代わりにヴィッカースに潜水艦を発注しています。
一隻は撃沈されましたが、もう一隻のLembitはソ連時代を生き抜き、
1979年に記念艦になっています。

ラトヴィアはフランス製潜水艦が二隻、これらは自沈。
リトアニアは海軍に金がかかっておらず哨戒艦のみ。

チェコスロヴァキアは、河用砲艦1隻の他は小型艦艇だし、ハンガリーも似たようなもの。
ブルガリアは意外なことに海に面していながら、海軍には魚雷艇とか砲艇、哨戒艇しか
保有していない。

ルーマニアは小型偵察巡洋艦Marasti級を二隻保有していた。
実質は駆逐艦だけどね。
後はイタリア製のRegele Ferdinand級駆逐艦が2隻、イタリア製潜水艦が3隻+潜航艇が
2隻とそこそこ有力。

ユーゴスラヴィアは最大の艦艇が旧ドイツの軽巡洋艦Niobeで、Dalmacijaと改名して練習艦
として使用していた。
本当はオーストリアハンガリー二重帝国海軍の艦艇、特に弩級艦を欲しがったらしいが、イタ
リアの横槍で頓挫した。
てなわけで、英国に大型駆逐艦Dubrovnikを発注し、それを旗艦としてフランス製Beograd級
駆逐艦を3隻、潜水艦は英仏それぞれ二隻ずつ保有。

24 :18:02/06/30 00:28 ID:1rdYmrjj
>>20
装甲列車に関しては軍事板壊滅前にあった装甲列車スレで紹介されていたホームページで詳しく解説されています。
正確には軍籍に無い装甲列車まで入れるとドイツの方が戦力は上だったみたいです。
http://blinda.hoops.livedoor.com/

あと下のページによるとポーランドには装甲列車が現存しているみたいです。
(一応写真がのっているのですが、当方装甲列車には詳しく無いのでポーランド製の装甲列車かどうかは分かりません。)
http://www.e.okayama-u.ac.jp/~taguchi/cafe/tnaka1.htm

25 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/06/30 00:31 ID:???
>23の続きだけど。

そう言う意味では、ポーランド、ユーゴスラヴィア、ルーマニアが一番
バランスが取れている海軍と言えるでしょうね。

ギリシャはトルコが仮想敵ですから、もそっと軍備は充実していまして、
前弩級艦ですが、米国のMississippi級戦艦2隻をKilkis、Lemnosとして
保有しています。
両方とも、スツーカに撃沈されましたが。
本当はドイツに超弩級戦艦Salamisを発注していましたが、戦争勃発で接収
されました。(砲塔が米国製だったので、完成できませんでした)
フランスにもProvence級を発注しましたが完成せず。

巡洋艦は2隻、と言っても1隻は装甲巡洋艦、もう1隻も防護巡洋艦です。
一隻はGeorgios Averoffで、1910年のイタリア製。
ある大金持ちからの献金で建造されたもので、この人の名前が艦名に
なってます。
こいつは大戦を生き抜き、地中海、大西洋で活躍しました。
もう一隻は清国の注文流れのHelle。
これは1912年に米国で完成したものの、革命で引き取れず、1914年に
ギリシャが買い取りました。

駆逐艦はイタリアのFrecciaをタイプシップとしたYdra級4隻、英国G級を
タイプシップにしたVasilefs Georgios級2隻があり、潜水艦はフランスの
Circe級をタイプシップにしたKatsonis級2隻とその発達型Proteus級4隻が
ありました。

対するトルコが、巡洋戦艦1隻、旧式巡洋艦2隻、イタリア製駆逐艦4隻と、
英国製駆逐艦が3隻、ドイツデザインの小型沿岸潜水艦が2隻と、中型〜
大型潜水艦が5隻、イタリア製潜水艦が2隻、英国製潜水艦が4隻と、両国
でバランスが取れていますな。

26 :名無し三等兵:02/06/30 03:43 ID:???
むぅ東欧からは外れるけどギリシャ、トルコは案外あなどれない戦力を持っていますね。
並べてみるとお互いを意識して海軍戦力を構築していたのが分かる気がする。
ユーゴスラビアがオーストリア艦を手に入れようとするのをイタリアが妨害しようとするのは当然ですね。
イタリアにとっては死活問題でしょうから。

関係ないですけどハンガリーの摂政ホルティはオーストリア=ハンガリーの
提督だったそうですね。

27 :名無し三等兵:02/06/30 07:44 ID:???
Dubrovnikはチェコ製シュコダ14cm速射砲が、ちと萌える。
色々と使いづらそうな艦だけど…。
にしても、ユーゴスラビア海軍は殆ど役に立たなかったような…。
一応魚雷艇2隻と潜水艦1隻が連合軍側に脱出したけどこれも目立たなかったし。
自沈もせずイタリア海軍に艦艇を貢いだ印象しかない。
こんな規模の小さな海軍にイタリアやドイツ相手に張り合えというのが無理な話なんだろうけど。

28 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/06/30 11:14 ID:???
>24
紹介多謝。
一瞬除草ページかと勘違いするんですが…。

ま、固定した地点を移動する装甲列車よりも、移動地点を自由に選べる
戦車、装甲車の方が使い勝手は良いのでしょうけど、陣地戦を想定して
いたのなら、特火点としての装甲列車は結構有効だったのでしょうか。
後、ドイツよりもソ連の脅威の方が大きかったんでしょうなぁ。

>26
二度にわたるバルカン戦争を戦った割にはブルガリアの海軍力がたいした
こと無いのは国力が無い所為なのかな、と言う気がする。
ギリシャとトルコは、南米のABC三国のような関係を今も続けているので、
未だに片方が何かアクションを起こすともう片方がそれに応じたアクション
を起こしてますな。

ホルティ・ミクローシュと言えば、小話集に、第二次世界大戦の宣戦布告書
を受け取った際のローズベルトの言葉がよく持ち出されますな。

国務長官:「大統領、ハンガリー王国から宣戦布告です」
大統領:「ハンガリー?国王は誰かね?」
国務長官:「いえ、摂政です」
大統領:「ああ、摂政か。で、国王は誰なんだ?」
国務長官:「いえ、国王はおりません」
大統領:「え?じゃ、摂政は誰かね」
国務長官:「ホルティ提督であります」
大統領:「提督?ハンガリーの海軍力は相当なものだな」
国務長官:「いえ、海軍はありません」
大統領:「国王もいないのに摂政がいて、海軍もないのに提督がいる、なんて国なんだ」

てな感じ。

29 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/06/30 11:24 ID:???
>27
シュコダの大砲と言えば、オーストリア・ハンガリー二重帝国の弩級艦は
三連装砲塔搭載ながら、揚弾機が二基しか無いので発射速度はたいした
こと無かったと言う話を聞きますね。
矢張り、陸軍国の火砲で、海軍の火砲としては性能はどうだったのでしょう。

ユーゴスラヴィアと言っても、第一次大戦直後は、元々セルヴォ=クロアト=
スロヴェーン王国と言う、セルヴィア人、クロアチア人、スロヴェニア人の連邦
王国でした。
それを1927年だったかに、当時の国王が強引にセルヴィア人主体の中央集権
国家に持っていったので、国内にはセルヴィア人に対する怨念が生まれ、国王
暗殺(確かクロアチア人だったはず)とか情勢は混乱し、ナチスにつけいる隙を
与えました。

海軍と言っても、内陸国家のセルヴィア人に軍艦が弄れるわけも無く、クロアチ
ア人、スロヴェニア人と言った二重帝国海軍の元軍人が主体。
となると、セルヴィア中心主義の中央政府より、オーストリアを併合したドイツに
靡くのは当然。
しかも、クロアチア人は独立という餌を与えられていますから、海軍が消極的な
のは仕方ないのではないでしょうか。

30 :名無し三等兵:02/06/30 21:20 ID:tJX4Rpmj
>>28の小咄を見てちょと笑った。

国王がいないのに摂政がいるといういう状況を聞いて指輪物語を思い出してしまった。
まあ中世のヨーロッパ辺りでは、珍しくもなさそうですけど。

ハンガリーは元々農業地域ですっけ・・・。
オーストリアからの独立した国家の中ではチェコが一番いい部分をもらったのかな?
工業地帯を貰ったしシュコダとか、CKDを手に入れることが出来たし。
けどランツベルク(実はドイツ系の資本で運営)のL−60の武装をハンガリー風に変えトルディーとして採用したり、
同じくランツベルクのL−62を改良しニムロードとして採用したり、
チェコスロバキアのシュコダ社のT−21を改良した戦車をトゥランとして採用したり、
挙句の果てにはズリーニィだのを開発したりハンガリーも工業力の無いなりに結構色々頑張りましたね。
あとはチャバ装甲車とかありましたっけ。
個人的には東欧系の国家の陸軍としては、ハンガリーが一番面白いです。
独自の兵器が面白いし。
多少〜とはいえ、ドイツ戦車もまわしてもらえましたし。
(そもそもドイツがハンガリーに充分な戦車をまわすだけの力があれば、こんな苦労しなかったんでしょうけど)

蛇足ですが、たしかハンガリーが連合国と単独講和を試みた時のドイツがホルティを捕らえる為立てた作戦が
「ミッキーマウス」作戦とかいった記憶が・・・。

31 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/06/30 21:57 ID:???
>30
ハンガリー…と言うよりマジャールの方がしっくり来るな。

国王はハプスブルク家を復辟させようとして空位にして待ってたんですな。
ただ、チェコ、オーストリアなど継承国家が、ハプスブルク家のハンガリー王位
に挙って反対したので、結局空位のまま終わってしまった訳です。

で、そのマジャールですが、日本と似たようなもんです。
農業+軽工業の国。
しかし、クライナ、クロアチア、トランシルヴァニア地方、スロヴァキア地方を敗戦で
割譲したために、市場が無くなって(周りは全部敵国だし)、国としてマズーな状態に
なったため、遅ればせながら重工業化を進め、第一次大戦前からブダ=ペシュトに
あった鉄道車両メーカーのマンフレート・ヴァイスを中心に育成してきました。

トルディや、ニムロード、ズリーニィと言った装甲車両の開発、38(t)戦車と車
台の生産、Re-2000、後にはMe-210の生産が全てこの会社が一手に握って
ました。
戦後もチェコ向けのSD38、スイスのG13と言うヘッツァーの海賊版を生産してた
りしてますね。

32 :名無し三等兵:02/06/30 22:49 ID:???
>31
Re-2000はマズーだなぁ。
風洞試験すらしてないらしいし、飛行試験もおざなりだし。
胴体が短すぎて飛行特性最悪なんだっけ。
イタリアには他にもっとマシな機体がいくらでもあるだろうに。
Me210も機体の操縦性、安定性、その他問題続出。

33 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/06/30 23:58 ID:???
>32
え〜と、確かにそうだけど、背に腹は代えられないのではないか、と。
ま、原型はP-35ですから、そんなに怪しい機体でもないのでは?

爆撃機は更に危ないカプロニのCa-135ですし。
あ、そのほかにC.R.42も装備してました。
Re-2000はエンジンをノームローン14に換装し、機銃を国産に換えているので、
さほど酷くはなかったんじゃないでしょうか。

で、各国の主力戦闘機を見てみると。

ポーランドが、国産のP.Z.L. P.7(これは練習戦闘機)、P.11c(主力戦闘機)で、
低翼単葉戦闘機の試作は空冷派(ブリストル マーキュリー→セントーラス)と
液冷派(イスパノスイザ)が対立、混乱し、P.50は1939年に初飛行するものの、
試作中止。
フランスから、M.S.406の導入を図るも時間切れ。

チェコスロヴァキアは、これも複葉戦闘機のB.534が主力。
単葉戦闘機として低翼単葉固定脚のB.35を試作したが、併合で時間切れ。

ルーマニアは、ポーランドから技術導入した高翼単葉のP.Z.L.P.24をライセンス生産し、
それを低翼単葉引込脚化した、I.,A.R.80/81を開発。
但し、主力戦闘機としては、ハリケーンMk,IとHe-112を保有。
後は、供与されたBf-109Gで補完。

ブルガリアは、同じくP.Z.L.P-24を保有し、後にドイツに併合されたチェコからB.35の引込脚
型、B.135を保有。
後でドイツから申し訳程度にBf-109Gとフランスから分捕ったD.520が引き渡される。

ユーゴスラヴィアは、国産のイカルスIK-2と英国製Fury戦闘機。
その後、ハリケーンMk,IとBf-109Eを装備、そしてそれを徹底的に調べて、IK-3戦闘機を
開発、装備しています。
IK-3はトルコも一時期購入交渉を勧めていました。

34 :名無し三等兵:02/07/01 00:30 ID:???
マジャール(ハンガリー)人はモンゴロイド系の末裔なのが好感が持てる。

35 :Su-47信者(狂信的):02/07/01 09:37 ID:???
でも見た目ははまったく白人という罠
東にいけばスラブ人、西にいけばドイツ人顔の人たちが住んでます。
大昔の貴族の墓からはモンゴロイドの特徴を持った骨が出ています。
でもそういう墓はルーマニアなんかの国外にあることが多いので
調査させてもらえません。
蒙古斑らしきものは1000人に一人ぐらいしかついていないそうです。

ところでハンガリーの戦艦イシュトバーンについてご存じの方いらっ
しゃいますか。ハンガリーが第一次大戦時に唯一保有していた戦艦で
クロアチア王国(当時はハンガリー国王が兼任)の港フィウメに停泊
していたが、オーストリア・ハンガリー崩壊でクロアチアに引き渡される
ごたごたのさなか撃沈されたとかいうハンガリー史上唯一の戦艦です。

36 :名無し三等兵:02/07/01 18:25 ID:???
>35
Viribus UnitisクラスのSzent Istvan(イシュトバーン)の事でしょうか?
世界の艦船の近代戦艦史に載っている程度の事しか知らないですけど・・・。
とりあえず、Viribus Unitis、Tegettoff、Prinz Eugen、Szent Istvan
の四隻が存在したみたいですね。
セルビア青年に暗殺されたフェルディナント皇太子がこれらの艦の建造に尽力したみたいです。

常備排水量 21,730トン
全長 152.2m
幅 27.3m
喫水 8.3m
主機 蒸気タービン2基、4軸(Szent Istvan2軸)
出力    26,400馬力
速力 20ノット
主兵装   30.5cm3連装砲4基、15cm単装砲12基、7cm単装砲18基、53.3水中魚雷発射管4門
装甲    水線280mm、甲板48mm
乗員 1,087名
ごめんなさい世界の艦船から丸写しですから、この程度の事なら知っていたかも(汗
それとこのクラスのイシュトバーンは
「1918年にオトラント攻撃に出動中ポーラとザラの中間でイタリアのMASの雷撃を受けて沈んだ」
とあるので別のクラス?
>眠い人さんあたりなら詳しい事知っていそう。

>>23のユーゴスラビアが欲しがった弩級艦というのもこのクラスのTegettoffの事ですね
>>29で出ている
「シュコダの大砲と言えば、オーストリア・ハンガリー二重帝国の弩級艦は
三連装砲塔搭載ながら、揚弾機が二基しか無いので発射速度はたいした
こと無かったと言う話を聞きますね。」
この話とかもViribus Unitisクラスの事ですよね。

それにしても
Viribus Unitisはイタリア海軍士官の仕掛けたリンペット機雷により爆沈
Szent IstvanはイタリアのMASで
Tegettoffは結局賠償艦としてイタリアに引き渡された後、解体。
イタリア侮り難し。

37 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/01 23:28 ID:???
>35
マジャール人は日本人みたく、姓を先に、名を後に表記しますね。
ミクローシュ・ホルティをホルティ・ミクローシュという風に。
こう言う所、日本人的で漏れは好きなんですよ。

さて、>36氏が既にSzent Istvanにつきましては詳しく書かれておりますので、
性能云々はそちらに譲ります。
(後にも先にも、Szent Istvanと言う名前の艦はこれしかないですし)

1908年にイタリアの弩級艦に対抗するために建造が決定し、3200万クローネ
の巨費を投じて仮称艦名IV〜VIIとして建造したものです。
最初の三隻はSTTで建造されましたが、Szent IstvanだけはフィウメのDanubius
で建造されました。
で、その三隻は1915年にイタリアを沿岸砲撃しますが、後は引きこもっています。

Szent Istvanは1915年12月13日に竣工しました。
その前にイタリアが参戦し、船台の近辺で戦闘が行われたと記憶しています。
その生涯は儚く、そんなに活躍しない内に1918年6月10日にイタリアのMAS15の
魚雷攻撃でプレムダ島近辺で撃沈されました。

このほかの同型艦はViribus Unitisが1918年1月11日にオトラント海峡で触雷、
Printz Eugenは、1919年に賠償としてフランスに引き渡され、ツーロンにて水線下
での爆破試験、航空機からの爆撃実験などに使われ、1922年6月28日にBretagne、
Jean Bart、Paris、Franceの弩級諸艦の実艦的として撃沈されました。
なお、Prinz Eugenの武装はツーロンで撤去され、その砲はフランスの沿岸要塞砲と
して使用されたと言われています(後に、ドイツが大西洋の壁に転用したとか)。
Tegetthoffはイタリアに賠償として引き渡され、1925年にラ・スペツィアで解体されて
います。

ちなみに、排水量を増やし、35センチ砲を搭載した拡大型が、1917〜19年にかけて
竣工する予定でした。これが仮称艦名VIII〜XIです。

ユーゴが欲しがったのは、Prinz EugenとTegetthoffですな。
ま、マキャベリの国ですから。

38 :名無し三等兵:02/07/02 00:29 ID:U9sHJE4F
>>31-33
クローシュ・ホルティ提督の息子のイシュトバーン・ホルティ中尉も
Re-2000(Heja.I)のパイロットでしたね。
残念ながら戦果もあげないうちに戦死してしまいましたけど。(生涯撃墜数未確認1)
C.R.42・・・複葉戦闘機としては、最強クラス?
まあ複葉戦闘機としては作られた時期が遅いですからね。
I-15、I-16が相手ならなんとか有利に戦えそう・・・。
でも南国イタリア生まれの機体に東部戦線はつらそう。

ポーランドのP.11c・・・高翼式が印象的な機体ですね。
日本にも昔、高翼式の単様戦闘機がありましたけど
1939年当時になってまで戦闘機で高翼式を使っていたのはポーランドくらい?
双発のP.37はポーランド空軍の中では洗練されていましたね。
矢張りスペック的には少し悲しい出来ですけど。
せめてもう少しましなエンジンを使わせてあげたいとか思ってしまった。
第一線の戦闘機が全て全金属製単葉戦闘機になったのは
ポーランドが世界で一番早かったというのを聞くと
ポーランドはやはり侮れない力を持った国家だったんでしょうね。

Bf-109に出番を奪われたHe-112をルーマニア空軍が使っているのにはちょっと嬉しいですね。
第二次世界大戦以前に作られた戦闘機としては、洗練されているほうですし。
He-112に関してはハンガリーも1939年にBf-109Eを3機とともに13機購入していますね。

39 :名無し三等兵:02/07/02 00:55 ID:GiivOvyb
ウスタシャ、チェトニクとかに詳しい人っているのか? 

40 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/02 08:06 ID:???
>39
ウスタシ、チェトニクに関しての研究は多分まだ緒に就いたばかりでしょうね。

ティトーの旧ユーゴでは民族の融和を乱す負の遺産として、目の敵にされ、
国外に於いても、ナチに協力したものとして、かなりの偏見で見られましたし。
ウスタシは独立後のクロアチアで、良くも悪くも研究が始まっているようですが、
チェトニクはどうなのかなぁ。

日本の場合、ティトーマンセーな人が多いからねぇ。
研究書も無いし、何よりもオックスフォードの歴史書でもあんまり触れられて
いない分野ですしね。

41 :名無し三等兵:02/07/02 13:10 ID:???
チェコスロバキアは軍用機関係が弱いのは不思議だ。
拳銃だの砲だの戦車だのとかは一級品なのに。
何で出遅れたんだろ?

42 :名無し三等兵:02/07/02 13:49 ID:LPhDD4DG
レスありがとうございます。ウスタシと発音するんですね。
現代のセルビア右翼はチェトニクをどう思ってるんだろうか。

それと、武装親衛隊の回教徒クロアチア人師団(13師団)編制は、
カソリック国クロアチアの少数派をナチが煽ったという認識でOKですか?

質問厨で申し訳ない。

43 :名無し三等兵:02/07/02 16:06 ID:???
ZB26はダメか?

44 :名無し三等兵:02/07/02 23:30 ID:EPSkKy32
>>43
チェコのシュコダ社の軽機関銃ですね。
ガス利用式で機械的な信頼性が高く故障し辛かったんですっけ?
で、軽量で威力もあると。
世界中に輸出されていて、中国の軍閥が利用していたものを日本陸軍が鹵獲したりもしていましたね。
そしてイギリスと日本はこれを参考に軽機関銃を作ったりもしていたと。
火器の類もOKでは?

45 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/03 00:07 ID:???
レスが遅れて申し訳ない。
後、二日…此処を越えれば何とか…なるかな。

>38
P.Z.L.の高翼戦闘機系列は元々、フランスのウィボー戦闘機から発展した
ものです。
そのライセンスを買って、全木製構造の角形断面の胴体を金属外板の波板で
覆った丸形断面の胴体として、イスパノスイザ液冷エンジンを搭載したのが、
ポーランド初の「国産」戦闘機となったP.1戦闘機。
それから、低空性能を重視して、空冷のノーム・ローンエンジンを積んだP.6と、
ブリストルジュピターを搭載したP.7が競争試作され、P.7が採用されて、30年代
初頭の主力となります。
それを更にマーキュリーに換えて各部を改良して洗練したのが、P.11です。

この後、低翼単葉戦闘機としてP.50が開発されますが、失敗作で、液冷エンジン
を搭載した機体を試作する予定でしたが、大戦に間に合いませんでした。
P.50が失敗したため、出力を1.5倍のマーキュリーVIIIに換えたP.11gが試作された
わけです。

第二次大戦で高翼単葉戦闘機を第一線に配備していたのは、ポーランドとその
機体(P.24)を購入した、ラトヴィア、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、トルコが
あります。
あと、フランス海軍とスイスががドボアチンD.376を保有していました。

46 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/03 00:23 ID:???
>41
チェコスロヴァキアについては、Aero、Avia、Letovが三大メーカーでした。
これらのメーカーは今でも残っているんじゃないかな。

当時のチェコスロヴァキアの主力戦闘機、AviaB.534戦闘機はチューリヒの
国際戦闘機飛行競技会で、Bf-109Bを破って、優勝したんじゃなかったかな。
相当な実力はあったわけですな。
1938年当時は低翼単葉戦闘機のB.135を製作していました。
これは時間切れでしたが、併合で浮いた物は、ブルガリアに引き渡されました。

B.534とB.135は第二次大戦中、プロエシュチ油田を爆撃する米爆撃機の迎撃に
も当たったようです。

AeroのA-100軽爆撃機、LetovのS.231戦闘機は、スペイン内戦で人民戦線側に
引き渡されて活躍したようです。
尤も、これ自体はソ連の機体に隠れて目立ちませんでしたが。
ちなみに、チェコスロヴァキア空軍の爆撃機に関しては、重爆こそフランスの腐った
ようなBlochM.B.200(高翼単葉固定脚)ですが、その後近代化され、軽爆には、ソ連
で開発されたSB-2を、AeroB.71としてライセンス生産していました。
ソ連の爆撃機が国外で採用されたのはこれが初めてでした。

>42
武装親衛隊に関しては申し訳ない。
漏れはその辺弱いのよ。(講談社メチエ新書の武装親衛隊に書かれていた
かもしれないけど、まだ積ん読リストに載ってる)

チェトニクに関しては、セルヴィアが民族浄化をする際に意図的にチェトニクの
功績を称えたと言う話があるようです。
従って、相当親近感を覚えている可能性はありますね。

47 :名無し三等兵:02/07/03 04:30 ID:???
ポーランドは実は軍用機の輸出大国?
高翼単葉戦闘機が当時もまだそんなに使われていたとは驚いたけど。
大戦初期には複葉戦闘機がまだまだ現役だった事を考えると不思議じゃないのかな?

48 :名無し三等兵:02/07/03 14:42 ID:3efYYZbR
>>46
サンクスです。
ちと検索したところ、ドイツのティトー暗殺作戦にウスタシとチェトニクが
参加していた、なる情報が。
バルカンは謎が多すぎ。

49 :名無し三等兵:02/07/03 14:45 ID:T3D5P+39
ユーゴの戦争映画、面白いよ。

50 :名無し三等兵:02/07/03 19:02 ID:???
タス重戦車ってのなかったっけ?
どっかで聞いたような気がするんだが。

51 :名無し三等兵:02/07/03 20:50 ID:???
>50
44Mタス重戦車はハンガリーが自主開発していた38トン級の重戦車で
武装は75mm砲と8mm機関銃2挺。
乗員は5名を予定していましたが
開発していたヴァイス・マンフレート社の工場が
44年7月27日にアメリカ軍の激しい爆撃に晒された際
開発中だったタスのシャシーが完全に破壊されてしまった為開発中止になってしまいました。

52 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/04 00:29 ID:???
>47
ポーランドは、東欧の航空大国ですし、航空機を作っている国の中でも先
進国と言えましょう。
全世界に売られたわけではありませんが、P.Z.Lは東欧諸国、南欧諸国御
用達の航空機輸出メーカーです。
東欧に自国の機体を売っているからこそ、ポーランドが崩壊して、各国に
機体が脱出しても、その機体がすぐに戦力化できた訳です。

まぁ、航空大国を自称していたイタリアでさえ複葉戦闘機が主力だったことを
考えると、妥当な発展かも知れませんが、国産初期の頃にフランスの影響が
強かったことが一連の高翼単葉戦闘機の発展を促したのではないでしょうか。

>48
ティトーは、ソ連と英国の支援を受けてパルチザンをやっていましたが、ユーゴは
一つという信念の持ち主でした。
ただ、連合国の支援自体は当初チェトニク中心だった。

で、ウスタシはクロアチアの独立を何としても維持したいと考えていました。
他方、チェトニクは初めこそパルチザンと協調して、ドイツとウスタシに敵対していた
ものの、根が王党派ですから、共産主義を標榜するティトーのパルチザンとは互い
に相容れない物がありました。

いわば、自由フランスとフランス共産党みたいなもの。
しかも、ティトーの方が人気、実力もあり、チェトニクはじり貧でした。
そこで、手をさしのべたのがイタリアとドイツ。
ドイツはティトーを亡き者にすることで、パルチザンを壊滅させようとしました。
此処に三者の利害が一致し、チェトニクは矛を逆しまにしてパルチザンに
襲いかかりますが、失敗して、王党派は地歩を失ってしまいました。

>49
パルチザンとチェトニクの戦いを描いた映画を昔、UHFの昼の映画で見た
覚えがあったなぁ。

53 :48:02/07/04 01:54 ID:lsTTIgzY
なるほど、チェトニク下手うちすぎ。
仁義なき戦いバルカン死闘編って感じですな。

49の映画は「ネレトバの戦い」とかいうやつでは。
千葉テレビで観た覚えが。

54 :名無し三等兵:02/07/04 02:15 ID:???
>ネレトバの戦い
ユル・ブリンナーの工兵隊長格好いいけどアメリカ人にしか見えない。


55 :名無し三等兵:02/07/04 21:44 ID:2hn0aRcg
>>52
ポーランドは軍用機の開発の他に、
ルノーFTやビッカース・カーデン・ロイドMkVI、ビッカース6t戦車などを参考に、
独自の戦車の開発、生産等を行っていましたね。

独立から日の浅いポーランドが、
これだけ積極的に軍用機や戦車の開発に力を注げたのには、
何か理由とかがあるのでしょうか?
単純に同じ時期に独立した東欧の国家群に比べ、国力があっただけ?

56 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/04 22:59 ID:???
>53-54
あ、それですそれです。
Yak-11がFw-190になって出てきた奴ですかねぇ。
そのほかはそれなりにリアルだった様な気もしますが。

>55
マジャールはトリアノン条約で、ブルガリアはヌイイー条約でそれぞれ多額の
賠償を周辺諸国に支払わなければならなかったハンデがあります。
更にマジャールでは1919年前後にボルシェビキ革命が起きたので、内戦で多大
なエネルギーを消費しました。
ユーゴスラヴィアは、内戦にこそなりませんでしたが、国内統一にエネルギーを
割いたので、産業の発展が阻害されています。
どちらにしろ、セルヴィアには余り産業と呼べる物はありませんでしたし。

ルーマニアは第一次大戦前は貧乏国でした。
石油が産出しますので、工業よりも鉱業の整備に集中しています。
農業中心なのは戦後も余り変わらないですがね。

チェコスロヴァキアはオーストリア帝国の機械工業をそのまま引き継いだので、
かなりの国力を有してました。
しかも、その生活水準は他の東欧諸国に比べると高く、マサリク−ベネシュ体制により、
自由主義的な経済政策が行われています。

で、本題のポーランドですが、チェコスロヴァキアほど民主勢力が発展しませんでしたし、
大戦の結果によるドイツ人、マジャール人、波ソ戦争により、ウクライナ人、リトアニア
人などが雑居する状況で、民主的なリベラル政権はかなり不安定であり、1926年、初代
大統領だったピウスツキによるクーデターと独裁政治が行われています。

独裁政治が始まると同時に、1920年代中期から自由主義経済政策に変わって農業国
から工農国に転換する動きが出てきます。
しかし、世界大恐慌で自由主義的経済政策が完全に破綻し、Hitler、Stalinの登場による、
周辺国の不安定化に伴い、進出していた外国資本が逃避したため、それで発生した失業
者を吸収するために、トルコなどと同じく、国家が経済政策に積極的に介在する、所謂エタ
ティズムを採用しています。
これにより、主に国防に資する機械工業への国家資本の傾斜配分、国営企業の創設が
行われ、戦車、自動車、軍用機などの開発に力を注げたのです。

57 :名無し三等兵:02/07/05 00:34 ID:UqwHpWt7
矢十字党age


58 :大統領警護隊:02/07/05 01:04 ID:XeC/vaJC
ハンガリー軍が陸軍限定なら最強だろう。多分イタリア軍や日本軍なら互角に戦えたかも。
あくまでも陸軍限定だが。トルディやトウランは結構優秀だろう。でもT34には全くかなわなかった。
バラトン湖でもハンガリー軍の戦車は大量の残骸をさらしたし。
それより驚いたのがハンガリー騎兵隊がソ連軍の戦車に突撃して果てたとか?本当か?
ハンガリー騎兵隊の写真見たがこれで突撃しようとよく思ったものだ。ネタかもしれないが・・・・

59 :名無し三等兵:02/07/05 01:30 ID:???
鉄衛団sage

60 :名無し三等兵:02/07/05 04:01 ID:???
>58
最強かどうかはともかくスペック的には、
九七式改やM13/40が相手なら40Mトゥーランあたりで充分相手が出来そう。
T-34は相手がわるすぎたからねえ。

ところで戦車兵の質とかはどうだったんだろ?

61 :名無し三等兵:02/07/05 15:58 ID:???
>>52
ソ連はパルチザンにあんまりテコ入れしてなかった、と大学で聞いたんですが。

62 :名無し三等兵:02/07/05 20:17 ID:???
>61
第2戦車旅団がソ連国内で編成され、T-34/85が65両配備された。
部隊はザグレブに向かって進行し、トリエステで第1戦車旅団と合流した。
他の援助に関してはよく知りません。

63 :名無し三等兵:02/07/05 22:35 ID:???
T-34/85だと連合国がパルチザン支援に乗り出した大戦中〜後期ですか。
戦争終結後の権益目当てが露骨だ(どこの国もそうか)。
的外れならご指摘ください。

64 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/05 23:38 ID:???
>60
戦車兵の質はイタリアよりマシだったかも知れませんね。
矢十字党のクーデターで実質ドイツの占領下に入り、ソ連軍に絶望的な
抵抗をしていた割には戦力も整備されていましたし。
有名な戦車エースとかは存じませんが。

>61
確かに当初は、ティトーは「我が道を行く」でしたからね。

しかも、一応バルカン半島のユーゴは英国の領分でしたし。
ですから、当初亡命政権の意を汲んで、英国から支援を受けていたのは
チェトニクでした。
ところが、チェトニクが自滅したので、ドイツに対抗する勢力はパルチザン
しかありません。
仕方なしに、距離を置いて英国は援助を継続しています。

大戦後期までソ連はティトーを国際共産主義に対する分派活動を行うもの、
要は、傀儡でないものだったので、申し訳程度の援助しかしていません。
しかし、東欧の解放が遡上に上がると、イタリア、ギリシャと東欧を繋ぐユーゴ
の戦略価値が上がり、ソ連の援助も多くなると言う感じです。
正に、>63でおっしゃるとおりだと思います。

(補足ですが、ギリシャは共産党パルチザンがドイツ相手に活動していました。
 ところが、英国がドイツ軍の撤退と引き替えに無血進駐を果たしました。
 王国政府打倒を標榜するギリシャ共産党は、内戦を起こしますが、英国、
 後に米国の支援により鎮圧されました。
 この時の共産党軍の出撃基地はマケドニア、ブルガリア、アルバニアです。
 一方、イタリアも第二次大戦後王制を廃止したときに、社会体制が混乱し、
 共産党が組閣する可能性がありました。)

65 :Su-47信者(狂信的):02/07/06 00:06 ID:???
>36,37(眠い人さん)
お礼が遅れてすいませんでした。どうもありがとうございます。
確かにそいつです。
多分ハンガリー人にとっては史上唯一無二の戦艦として忘れ
去られてしまうんでしょうね。(w
ちなみにイシュトバーンとは1000年に戴冠したハンガ
リー王国の初代国王の名前です。聖人に列せられたので
Szent(聖)がつきます。
 大和とかIstvanとか大仰な名前を付けた艦があっけなく
沈むと悲しいものがありますね。

66 :名無し三等兵:02/07/06 01:03 ID:9YRTsKtb
>65
ハンガリーのダイバーが潜って残骸を発見し、遺物を引き上げました。
ブダペストの軍事博物館に展示されてます。

私の記憶ではハンガリー海軍という組織はなかったように思うのですが。
オーストリア・ハンガリー帝国海軍の艦は例外も多いですが、3隻で1
クラスを成し、内一隻がハンガリー名をつけられていたと思います。

イシュトヴァーンの他、ブダペスト(ハンガリーの首都)、ズリーニ
(オスマントルコと戦ってシゲト城で玉砕したハンガリー軍の武将。
クロアチア太守)アールパード(ハンガリーの王朝の始祖。)など
があったと記憶いたしております。
イシュトヴァーン1世のころのハンガリーは遊牧民族の王朝でした
ので、そんな名前をつけると海で溺れそうな気が・・・。

67 :名無し三等兵:02/07/06 01:45 ID:???
ハンガリーにとってSzent Istvanは特別な艦ではないのでしょうか?
確か同型艦の中でこの艦だけ、ハンガリーの横槍でハンガリーに縁のある造船所で造られたと記憶していますが。
(その結果同型艦の中で唯一2軸になってしまいましたが)

68 :名無し三等兵:02/07/06 23:10 ID:???
>>42
SS第13武装山岳師団ハントシャールに関してですが、
パルチザンにはセルビアのキリスト教徒が多かったので、
ドイツがクロアチア(ボスニア)のイスラム教徒を利用したという事で、いいのではないでしょうか?
ただドイツに煽られるまでも無く、
ユーゴスラビアのイスラム教徒とキリスト教徒の仲は最悪だったようですし、
倫理的にどうであれドイツがイスラム教徒を利用しようと考えたのは、
ある意味自然な流れだったのではないでしょうか?(イギリスなどが世界中で使っていた手法ですよね。)

それと第二次世界大戦当時ボスニアはクロアチアの一部だったのですが、
ウスタシ、チュトニクがボスニアでイスラム教徒を虐殺している為、
ボスニアのイスラム教徒の一部がドイツに対して
ボスニアを保護国にするよう求めたという記述も見かけますので、
一方的に利用したという事は出来ないかもしれません。
(利用する為でしたが、ドイツはウスタシに対しイスラム教徒に対する扱いを改めるように求めていたようです。)

1943年の中頃に師団には20000人前後の兵力があり、その大部分はイスラム教徒なのですが、
そのうち2800人程ですがクロアチア系のキリスト教徒がいたようです。(この数字はもっと少ないかもしれません。)

69 :42:02/07/06 23:40 ID:5LIEKZRp
>>68
詳細なレスありがとうございました。
ここは本当に(゚∀゚)イイ!スレだ。


70 :名無し三等兵:02/07/07 01:21 ID:???
東欧はバルト三国あたりまで含まれるもんですかね?

71 :名無し三等兵:02/07/07 01:35 ID:???
>70
>>23によるとバルト三国は基本的には含まないようです。

ただしスレッド的にはOKのようです。

72 :名無し三等兵:02/07/07 02:03 ID:???
すいません。よく読んでませんでした。沈みます。

73 :名無し三等兵:02/07/07 11:42 ID:???
ちょっとスレ違いですけど。
黒海の地図を眺めると中立とはいえトルコは存在感ありますね。

74 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/07 13:20 ID:???
パソの中身を入れ換えてたのでやっと復活。

>67 Su-47信者(狂信的)氏
聖イシュトヴァーンと言えば、ブダ=ペシュトの博物館に王冠が飾って
ありますね。
頭の十字が大戦で疎開したときに曲がったんでしたっけ。

>66
補足有り難うございます。
すると、一隻は予算が余ったから作ったのかしらん。
大戦控えて一隻でも多くの艦を揃えたかったのかな。

>67
基本的にオーストリア・ハンガリー二重帝国の諸艦は、大多数がSTT
(Stabilimento Tecnico Triestino)で、一部がDanubiusで建造されていますね。
Danubiusは王国領のフィウメにあり、STTは帝国領のトリエステですね。
あと、トリエステにはCNT(Cantiere Navale Triestino)とMonfalconeがあります。

仕事量その他の問題があったのではないでしょうか。

>68
参考になります。
この辺の特に、SS関係は詳しくないので、勉強になります。

>70
>71でも触れられていますが、厳密にはエストニアは北欧、ラトヴィアは
怪しいけど、リトアニアは東欧に含まれる、かと思います。
余り地勢的に離れてしまう話は何ですが、沈まずに参加なさって下さいな。
とりあえず、100レス目指しましょう(ぉ。

>73
そうスレ違いでもないですよ。
トルコも東欧に影響を及ぼしてますしね。
一時期はウィーンまで攻め入りましたし、ルーマニア、ブルガリア、アルバニア、
マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ辺りは19世紀〜20世紀初頭に至るまで
トルコ領土でしたしね。
第二次大戦ではスペインと同じく英独との距離の取り方は絶妙ですね。

75 :名無し三等兵:02/07/07 16:02 ID:???
ユーゴのイスラムはオスマントルコ支配の名残りだから、関係は(゚∀゚)アル!よ。



76 :名無し三等兵:02/07/08 21:36 ID:???
黒海といえば、ドイツやイタリアも小型潜水艦や魚雷艇等を送り出していましたね。
ドイツは陸路でU-IIBやSボートを送ったんですっけ。
ソ連の黒海艦隊は戦艦はガンクード級のセヴァストーポリに
巡洋艦6隻、駆逐艦16隻、潜水艦44隻等々。
黒海に隣接する枢軸国で曲がりなりにも
海軍力が望めるのはルーマニアのみ(ブルガリアは問題外)
ドイツ、イタリアから増援でも送らない限りとてもやってられなかったでしょうね。
それでもソ連側が数字の上では圧倒的に有利な気がしますけど
ソ連海軍はあまり活発には活動しなかったですね。
(レニングラード級駆逐艦のモスクワとハリコフがコンスタンファ沖で
列車砲に撃たれるのには、ちょい萌えです。回避したけど、
モスクワが機雷につっこむし。)

ルーマニア海軍もあまり積極的に動かずに、
船団の護衛任務等を中心に活動していたようですが、
ソ連の潜水艦を沈めたりもしているから
一応はそれなりに仕事を果たしたといっていいのでしょうか?

第二次世界大戦当時トルコがイギリスに発注していた潜水艦は
イギリスらしくもなく、あっさり引き渡していましたね。
流石に第一次世界大戦当時の経験から懲りていたのでしょうか?

77 :名無し三等兵:02/07/08 22:52 ID:h+OoSN5O
相互リンク ワルシャワ蜂起を語るスレ
http://kaba.2ch.net/test/read.cgi/army/1022299256/


78 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/08 23:02 ID:???
>76
確かにね。
ただ、黒海は思うに大型艦が活動しにくい所だったんじゃないでしょうか。
根拠地としては良かったのかもしれませんけどね。
後、ボスポラス海峡の中立化の件もあったので、此処を通過しての兵力増強は
出来なかったのでしょうね。
かくして、小型艦艇のみの増援となったと言う感じでしょうか。

あと、黒海だけではなくルーマニアはタニューヴ(ドナウ)河の方にも戦力を割いて
いまして、河用砲艦も多数保有していたみたいです。

79 :名無し三等兵:02/07/09 01:46 ID:RaH+7iSJ
>74
王冠は現在は国会議事堂に置かれています。
十字が曲がったのはずいぶん昔の話で、ローマから運んで来たときとか、
いろいろ言われています。実際の王冠はイシュトヴァーンとは関係なく、
ビザンツ製のものとローマ製のものが接合された不思議な代物です。

テゲトフ級のみ4隻というのはヴィリブス・ウーティニスが艦隊旗艦と
して作られたためと聞いています。
他の艦が人名であるのに比べこの艦はフランツ・ヨーゼフ2世帝の治世
のモットー「力を合わせて」を艦の名としているのもいかにもそれらし
いように思います。

80 :名無し三等兵:02/07/09 04:25 ID:???
>79
オーストリア=ハンガリーの旗艦の艦名が、「力を合わせて」というのはなんか泣けてくる。
あの国の当時の指導者は凄い苦労したんだろうな。
民族の問題とか大変だったろうし。

81 :Su-47信者(狂信的):02/07/09 20:44 ID:???
>79
え、王冠は1999年のサマースクールの帰りにブダペストに寄った時には
国立博物館の別館みたいな所に(冷房付きの部屋)に展示してありました
けど。あのあと国会議事堂に移されたんですか?
 なんかその部屋だけ警備員が四人ぐらいいて(恐らく銃装備)「さすがに」
国宝だわ、と思った記憶があります。

82 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/09 21:52 ID:???
>79
失礼しましたぁ。
…と思ったけど、>81で国立博物館の別館とわ??。
体制変革前は国会議事堂で、その後国立博物館に移されたのでしょうか…。
うろ覚えですけど、第二次大戦後に米国に持ち出され、ケネディ政権が返した
と記憶しておりますが…。

今度実家に帰ったときに、掘り出して来なきゃ、東欧関係の本。

>80
1867年まではオーストリア帝国でした。
革命を経て、マジャール人の反発を恐れたために、マジャールは同君連合で
王国として独立させ、オーストリア・ハンガリー二重帝国となりました。
(実際はオーストリア帝国とマジャール王国だったんですけどね)

1908年、ボスニア=ヘルツェゴヴィナをトルコから割譲されましたが、こいつの
統治を巡って王国と帝国が激しく葛藤しています。
で、1914年、落とし所として、暗殺された皇太子が妥協案として三重帝国案を
出していました。
これは、マジャール王国のクロアチアを新たに王国として独立させ、ボスニア=
ヘルツェゴヴィナをクロアチア領に加えて、オーストリア・マジャール・クロアチア
の連邦王制を採ろうとしたもので、マジャール政府の反発を食らいましたが、実現
寸前まで行ってます。

歴史上にIfはありませんが、もし、皇太子が暗殺されていなければ、ドナウ帝国は
ドナウ連邦として生きながらえていたかも判りませんね。

83 :名無し三等兵:02/07/09 22:51 ID:???
ボスポラス海峡の中立化という話が出ていますが、
トルコは何故中立を選んだのですか?

84 :Su-47信者(狂信的):02/07/09 23:16 ID:???
>眠い人どの
少なくとも1999年7月の時点では王冠、剣、Orszag Alma(あの玉?)
は国立博物館なり、美術館なりにあったと思います。国会議事堂にいこ
うとしたら市電のパンタグラフが壊れて電車が動かなくなったんでいき
ませんでしたから。たしか国立博物館の入り口を向かって左の廊下を進
むと真っ暗な部屋があって、そこにライトアップされた三種の神器が飾
ってありました。写真撮影は不可ですが、パンフを売ってますよ。
 王冠はカーター政権時代にハンガリーに返還されたと思いますが、私
が勘違いしてますか?
 時の摂政ホルティが「ソ連に取られたら絶対戻ってこないし、アメリカ
に渡す方が取り戻せる確立は高い」と賢明な判断をして将校団に命がけで
ドイツ軍の占領地域を突っ切って西部戦線に出るよう命じたんだと記憶し
てます。

軍事と関係ない話ばかりですいません。ところでハンガリーにおける
ミリタリーもの出版社の大手ズリーニ(Zrinyi Kiado)出版社って知って
る人います?

85 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/10 00:07 ID:???
>83
最初、第一次大戦で敗れたトルコ帝国は連合国とセーヴル条約を締結します。
これは、1920年に締結されたもので、事実上トルコ帝国解体→植民地化の為の
条約でした。
まず、現在のトルコ以外の土地は英国(パレスチナ、ヨルダン、メソポタミアなど)、
フランス(シリア、レバノン)が支配し、両国の興味を持たない、砂漠だらけのヘジャズ
は独立しました。
また、トルコ内部は、沿岸部がギリシャ領、諸島部がイタリア領、南部はフランス領となり、
トルコ地区のクルド人は自治政府を作り、後に独立を約束され、アルメニア人はロシアから
独立したアルメニアを含んで米国の委任統治領とし、トルコ東部に独立国を打ち立てる予定
でした。
そして、海峡部はコンスタンチノープルも含み、連合国の共同管理となりました。

これに反発したのが、ケマル率いる軍部で、まずアルメニアをソ連と結んで撃破して消滅
させ、クルド人勢力を鎮圧し、ギリシャとの決戦で勝ち、フランス、イタリアを撤退させ、
1922年に最後まで残っていた英国を追い出し、共和制を敷きます。
そして、1924年にローザンヌ条約で1920年のセーヴル条約を放棄し、トルコ領土の確定と、
海峡のトルコへの返還が行われました。
但し、完全主権回復はまだ出来ません。

連合国の影響下にあったために、枢軸国寄りの外交姿勢を取るのが難し
かったのと、初期こそソ連と友好関係を結んでいますが、Stalin時代には
Leninが割譲した領土返還要求が行われています。
このため、ソ連、そしてその友好国たる(とみられていた)ドイツの膨張
政策に対する警戒心が中立志向に向かわせたのではないでしょうか。

また、ケマルはトルコの外交方針を「内外の平和」という言葉で表してい
ました。

これに基づき、1930年代にはフランス主導でバルカン半島の平和と安定を
意図したバルカン協商(トルコ、ギリシャ、ルーマニア、ユーゴ)が締結され、
また、中東諸国の平和と安定を意図したアーダバード条約(トルコ、イラン、
イラク、アフガニスタン)が締結されています。

1936年のモントルー条約もその延長線上にあったのではないでしょうか。
ドイツと英仏の対立を利用したこの条約で、漸く軍事力の行使も出来るように
なりましたからね。

86 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/10 00:07 ID:???
>84 Su-47信者(狂信的)殿
いあ、何しろこの辺の話は10年以上前の記憶を便りに書いているので、
実家にある資料を漁ってみないと思い出せんのです。
些か熱暴走しつつありますし(苦藁。
週末に実家に帰る予定なので、ちょっとこの辺の資料を持ち帰ることに
します。

87 :名無し三等兵:02/07/10 20:31 ID:???
>85
回答ありがとうございます。
当時はトルコも大変な時期だったようですね。

もう一つ質問をさせてもらいたいのですけど、
>>25を見るとトルコは海軍力はそこそこあったみたいですけど、
総合的な軍事力はどの位のものだったんですか。
ライバルのギリシャと同等くらい?
それと当時のトルコの工業、特に軍需産業関係はどの程度の物だったんですか。

88 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/10 22:48 ID:???
>87
ギリシャ陸軍はフランスの兵器中心で、戦車にルノーFT、その強化型、
ルノーNC.1(NC27)、改良型NC.2(NC31)が供給されていました。
このほか、見本としてフィアット3000Bと言う、これもFTの改良型、ヴィッ
カース6トンMk.Eが単砲塔、双砲塔各一両と言う布陣です。

一方のトルコ陸軍は、ドイツ、ソ連が主要供給元ですが、戦車はフランスが
主な供給元で、FTが主力戦車として長く使われ、1936年にソ連からBT-2
を購入しています。
その後、1940年にルノーR.35が供給されています。

従って、陸軍に関してはほぼ互角。

空軍は、圧倒的にトルコですかね。

ギリシャが、戦闘機としてP.Z.L.P.24A/F/Gを36機、Bloch MB152を9機を有し、
米国にGrummanG-36(F4Fの陸上機型)を発注中。
爆撃機はFairly BattleMk.Iが9機、Bristol BrenheimMk.Iが6機。
フランスにBreguet Br.693を発注中。
その他、Henschel Hs-126A-1a観測機が16機、Dornier Do-22水上雷撃機
を12機有していました。

トルコは、戦闘機としてP.Z.L.P.24A/F/Gを140機以上、Morane-
Saulnier M.S.406C.1を45機、Hawker HurricaneMk.Iが15機あり、
このほか、Ikarus IK-3をユーゴから買おうとしますがご破算になりました。
大戦中にHurricane MkIIcを14機、Supermarine SpitfireMk.Vbを100機、
Focke-Wolf Fw-190A-.3を75機供給されています。
爆撃機はHeinkel He-111F/Gが35機、Bristol BrenheimMk.Iが30機。
大戦中にBristol BlemhemMk.4、Beaufighterが供給されています。

なお、トルコには航空機工場があり、戦争末期には軽輸送機の試作もしています。

89 :名無し三等兵:02/07/11 18:59 ID:???
何故か図書館にトルコで使っている
歴史教科書の日本語版があったので読んでみたのですが。

1939年10月19日イギリス、フランスとの間に
トルコにとって防御的な内容の相互扶助条約を結ぶ。
             ↓
ドイツがギリシャやユーゴスラビアを占領&ルーマニアやブルガリアにも影響を及ぼす。
             ↓
トルコにも攻めてくるかも?戦争の準備をする。
             ↓
トルコは軍の近代化が出来ていない。今のままでは、
ドイツに勝てないから英、仏から武器を輸入したい。
             ↓
ところが地中海、特にギリシャ、クレタ島を枢軸国が抑えてる。
武器を安全に供給出来ない。出来れば戦争を回避したい。
             ↓
1941年6月18日ドイツとの間で友好条約、通商協商を結ぶ。
この条約は内容的に先に英仏と結んだ相互扶助条約と矛盾しない。
             ↓
             中立

おおまかに書くとこんな感じでした。
あとは1943年1月30日にトルコの大統領がチャーチルと会談したりしています。
ドイツがギリシャやユーゴスラビアを占領したあたりでは
本当に戦争になるかもしれないと考えていたみたいです。
ただドイツ側にもトルコと戦争をする意図は無く上記の条約を結ぶことになった様です。

全体的に連合国側寄りの視点で描かれていました。

90 :名無し三等兵:02/07/11 22:31 ID:???
>>88
トルコはIII号戦車、IV号戦車G(H)型も取得しているのではないのですか?

91 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/12 00:10 ID:???
>90
一応、ギリシャが占領される前の1940年という視点で書いていたので、
申し訳ない。
III号戦車、IV号戦車ともに1943年に引き渡されているので、敢えて書き
ませんでした。

92 :名無し三等兵:02/07/12 02:36 ID:z3rAJdYL
トルコが宿敵たるソ連と一時手を結んでいたとは驚きました。
装備は中々充実していますね。けど整備とか大変そう。。。
トルコは戦闘とかに参加しなかったしFw-190は戦後まで使用したのかな。

93 :90:02/07/12 22:46 ID:???
>91
失礼しました。
ドイツはよく売るだけの余裕がありましたね。
政治的な意図があったのでしょうけど。

94 :名無し三等兵:02/07/12 23:27 ID:SPI85zNA
眠い人さま・Su-47信者さま
ハンガリーの聖イシュトヴァーンの王冠は建国1000年の年だと思いますが
国立博物館から国会議事堂へ移されました。
ですので、今は国会議事堂観光ツアーに参加しないと見られないようになって
しまいました。

オーストリア・ハンガリー海軍に興味がありますが、なにか良い資料があった
らご教示いただけると幸いです。

95 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/13 00:39 ID:???
>92
国際社会でよく使われる表現(かな?)
「敵の敵は味方」
と言う話ですね。

1920年当時は、トルコもソ連も連合軍相手に戦っていました。
両方とも当時は弱小国家だったので、恩讐を越えて手を結んだのでしょう。
ちなみに、ドイツには宣戦布告を行わなかったトルコですが、1945年2月23日に
日本に宣戦布告を行っています。

あと、空軍機の整備ですが、He-111などは部品の入手が困難で、英国で撃墜
したHe-111から部品を外して送ってもらっています。
部品の入手が困難になったので、Fw-190はパイロットに好評であるにも関わらず、
早期に退役させています。

>91
いえ、お気になさらず。
これが国際情勢の複雑怪奇なところで、ユーゴは連合国として参戦したにも
関わらず、Bf-109Eが引き渡されています。
思うに、余り友好国と言えない国ほど、新鋭機、新鋭装備を供与されているの
は気のせいでしょうかね。

96 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/13 00:50 ID:???
>94
わざわざお調べ頂き有り難うございます。
お陰ですっとしますた。

で、オーストリア・ハンガリー二重帝国海軍ですが、Webではこの辺。
ttp://www.warships1.com/index_ships.htm

漏れが参考にしている書籍は、
"Conway's FIGHTING SHIPS"の1865-1905と1906-1921辺りでしょうか。
後は、ドイツの出版社のものに、専門書があったような気がする。
思い出せないのが鬱ですが。

97 :名無し三等兵:02/07/14 01:58 ID:fzapFKEH
眠い人さま
94です。
ご教示感謝いたします。
こんなマイナーな軍艦でも扱っているサイトがあるのですね。

そういえば、チンタオにいたカイザリン・エリザベートはドイツ
艦隊と行動をともにしてましたっけ。フォークランドで沈んだと
は聞きませんし・・。

98 :名無し三等兵:02/07/14 15:09 ID:p8ff4N/K
内容が深すぎてついていけん。
眠い人氏は学者先生ですか?

99 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

100 :名無し三等兵:02/07/14 22:59 ID:???
100get!!
98までイイ感じで来たのにぃ〜。
東欧と言えば、ポーランドの槍騎兵とハンガリーの軽騎兵だね。
でもスレタイがWWIIなので自粛っと。
でも東欧は騎兵がいいよ〜。
ところで、上の方でちょっとありましたが、ギリシャは地理学上は東欧です。
戦後、イギリスがギリシャを自由主義圏の盾にしたため、
東欧唯一の自由主義国と言われていました。
東欧=共産主義圏というイメージが定着していた事もあって、
少々違和感は有りますが・・・。

101 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/15 00:47 ID:???
ま〜ったく、此処で宣伝したって見に行くのはおりゃせんのに…。

>97
Kaizerin Elisabethですが、青島防衛のためにドイツ軍に引き渡されています。
んでもって、搭載されている15センチ砲と47ミリ砲は陸揚げされ、それらは、その名も
"Elizabeth"砲台に設置されて使われました。
船体の方は、結局日本軍占領5日前の1914年11月2日に自沈しています。

>98
親戚に学者はいるけど、漏れは一介の軍ヲタですよん。
ちょいと、工房の時に東欧史をメインに研究してたけど(今から考えると変な学校だ)。
気楽に参加して下さいな。

>100
100getおめ。
まぁ、話がWWIにまで拡散しているので、20世紀前半ネタなら大丈夫じゃないかと。
(つ〜ことはバルカン戦争もOKなのか(ぉ。)

東欧の定義って結構難しいところがありますからね。
地理学上はそうだけど、政治学では旧共産圏諸国とか言いますもんね。
ギリシャにしても、一時期共産主義勢力が伸張していた時期があるので、
無理にでも当てはめようとすれば、言えなくもない。

そう言えば、アルバニアには誰も触れていないな。

102 :名無し三等兵:02/07/15 03:32 ID:2Kgi2dST
漏れがageた直後に広告が。外患誘致で処刑…
>>101
旧制高校チックでいい学校ですね。
アルバニアというとトーチカ大好き独裁者エンベル ホッジャですが、
奴は大戦中何か手柄立てたんですか?

103 :眠い人 ◆ikaJHtf2 :02/07/15 21:00 ID:???
>102
アルバニアの歴史について少々。

アルバニアは1912年にバルカン戦争の結果、公国として独立します。
この時はドイツから元首を持ってきますが、第一次大戦でオーストリア・
ハンガリー帝国に占領され、公国は消滅します。

その後、1918年に一旦イタリアに占領されますが、1920年に独立を回復し、
共和国となります。
そして、民主政権、独裁政権の短命政権が続き、1928年に大統領だった、
アフメッド・ゾグーがゾグーI世と名乗って、王国となります。
ところが、1939年にチェコスロヴァキア解体を見たMussoliniがバスに乗り遅
れるなとばかりに、この国に軍隊を入れ、ゾグーを退位させ、二代目の国王
として、イタリア国王を即位させて占領します。

1943年、イタリアが降伏するとその支配地はドイツ軍の支配下に入ります。

しかし、この国は戦略的な位置にないので、占領軍が一線級の装備を
持たなかったと言うのもあって、パルチザンの活動は容易で、1944年11月
にホジャ率いる共産党が政権の座に就きます。

ただ、ホジャ自身は、チトーとスターリンの支援を受け、コミンテルンの指導
の下で1941年からずっと抵抗活動をしてます。
とは言え、フィリピンのマルコスとか、キム将軍の様に口先だけ、宣伝だけ
と言う感なきにしもあらずですな。

ちなみに、ゾグーI世は英国、次いで南アフリカに亡命してます。
共産政権崩壊時、ゾグーI世の息子が、南アフリカから帰還して、政権の正
当性を主張してひと騒動有ったみたいですね。

104 :名無し三等兵:02/07/15 23:01 ID:5PYd90GW
ホッジャのパレードの様子は金将軍と同じ臭いがしてました。欧州なのに。

105 :名無し三等兵:02/07/16 05:06 ID:???
戦間期のアルバニアは東欧の中でも弱小な国家(軍隊)というイメージしかない。

あと、ここも人種(どちらかというと宗教?)で色々揉めてましたね。


106 :名無し三等兵:02/07/16 05:25 ID:wUPrUMvH
>68
二次大戦以前のユーゴでボスニアムスリムとキリスト教徒(?)の
仲が最悪だったって話は聞いたことがないんだけど……

107 :Su-47信者(狂信的):02/07/16 06:54 ID:???
ハンガリーへの留学がきまりますた

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